負け犬の遠吠えブログ

頑張って良かったと思える体験を与えられるように。書きたい時に書きたいことを書いております。

「厳しさ」について考える

 

 

 

とある日の仕事での出来事。

 

職場の後輩くんが寝坊遅刻をしてしまいました。

 

が、遅刻してきた後輩くんを怒ることも咎めることもしない柿沼に

他の方から言われてしまいました😅笑

 

「柿沼さんは甘すぎます😩。もっと厳しくしてください!」

 

 

その言い分も分からなくもない。

誰かの手抜きによって迷惑を被るのは大体、"一生懸命にやっている人"だから。

 

それってムカつくよね。わかる。わかる。

 

でも、この場合における「厳しさ」ってなんなのだろうかと思ったので

今回は厳しさについて考えたことをブログに書いていきたいと思います。

 

🤔🤔🤔

 

 

肌感覚として

 

 

パワハラとか体罰という言葉も大きく取り上げられるようになって

教える側と教えられる側の関係性が難しくなってるなぁとは感じます。

 

あのイチロー先生も

 

f:id:tomo0716:20210203104152j:image

と言ってる

 

ただ

 

厳しさ=怖さ

みたいに捉えられているケースが多いとも感じてる。

 

 

厳しさとは本来相手の成長を願ってとる

至って冷静な自分の態度のこと。

 

怖さとは感情に任せてとる

自分の感情的な態度のこと。

怒りとも似てますかね。

 

 

厳しさは優しさの裏返しともいいますが

そういう意味での厳しさは確かに必要。

 

ただ自分のイラッとした感情を

ぶつけているような怖さは必要ない。

 

その2つを混同させてしまうと

目的が大きく異なるので危険だよね。

 

あと大切だと思うのは

その厳しさの表現方法でしょうか。

 

先にも書きましたが

感情的に怒るのは厳しさでは多分なくて、

相手の成長を成長を願う態度が厳しさだと

柿沼は考えるので

 

常に頭と心の冷静さを保った上で

 

・ダメものはダメという(なぜダメなのか本質も伝えられる)

・具体的にこれからどうするかを一緒に決める

 

この2つを突き詰めることが

結果的に「厳しさ」と表現されることがある

くらいの感覚で良いんじゃないかなって思ってます。

 

 

自分から他人に指導したり

伝えようとする時に

 

自分から厳しくしようと意気込む必要はなく、

根幹に相手の成長を願う気持ちがあるかどうか。

 

これが全てかなって思います。

 

 

厳しさとは教えるものではく

自分で味わうもの     byカキヌマ

 

 

 

🤔🤔🤔

 

今回の遅刻の件で必要なのは

 

・なぜ遅刻をしてしまったのか

・遅刻をしたらなぜいけないのか

を話し

・遅刻しないためにこれからどうするのか

を考えてもらうこと。

 

ただいつも思うのは

人に求める前にまずは自分なので

 

人としての正しさを自分に常に求めたいなと思う所存でございます。

 

人には優しさを

自分には正しさを